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沖縄・慰霊の日レポート(3)魂魄の塔

戦没者慰霊
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平和祈念公園から魂魄の塔(こんぱくのとう)へ

沖縄慰霊の日である2020年6月23日の午前11時過ぎ、糸満市摩文仁・平和祈念公園での慰霊を終えた我々は、ひめゆりの塔方面に車を10分ほど走らせて、平和創造の森公園に向かう交差点を左折し、米須霊域(こめすれいいき)にある「魂魄の塔(こんぱくのとう)」に向かった。

ここは、沖縄戦末期の激戦が繰り広げられた場所であり、沖縄戦終結後も軍人・民間人を問わずご遺骨が野ざらしのまま放置されていたとのことである。

食料確保のため、この地で米軍に農作業を命じられた旧・真和志村(まわしそん、現在の那覇市安謝(あじゃ)・天久(あめく)・銘苅(めかる)・おもろまち・安里(あさと)付近)の村長だった金城和信(きんじょう・わしん)氏と、真和志村民とによりご遺骨が集められ、最初に作られた慰霊の塔が「魂魄の塔」である。

現在はご遺骨の多くは、平和祈念公園内の国立戦没者墓苑に移されているが、各都道府県の慰霊塔のような「沖縄の塔」は存在していないこともあり、慰霊の日には一番古い戦没者慰霊の地であった、「魂魄の塔」に集まる沖縄県民が多くいる。

20台ほどが駐車可能な未舗装の駐車場は、我々が到着した頃には既に大勢の方が慰霊に来られており、やむを得ず路上に駐車する方も見かけられた。

(魂魄の塔:総務省HPより)

総務省|一般戦災死没者の追悼|魂魄の塔

時間がちょうど正午を迎えたとき、慰霊に訪れた人たちは一斉に、戦没者に対して静かに1分間の黙祷を捧げた。

魂魄の塔前で配られた沖縄タイムスの「慰霊の日特集」号外紙面

初参加であった私には毎年行われているのかどうか分からなかったが、魂魄の塔の前では沖縄タイムスの号外「慰霊の日特集」が配布されていた。

同日未明に、黎明の塔(れいめいのとう)など平和祈念公園での自衛官の私的参拝に対し、取材と称し不躾(ぶしつけ)な質問を繰り返していた記者も沖縄タイムス紙の記者であったが、魂魄の塔で配られた号外紙面は、そのような政治的スタンスのものではなく、あくまで「慰霊」を基調とした、地元紙ならではと言える内容の紙面であった。

(画像をクリック・タップすると拡大表示できます)

その後我々は、未明から続いたこの日の慰霊の行事を終え、昼食を摂りそれぞれ帰路へとついた。

新型コロナウィルス感染拡大の影響を受け、例年よりも規模を縮小した沖縄県主催の平和祈念公園での戦没者慰霊の式典も、昨年までのように怒号や指笛が飛んで荒れるようなこともなく、静かに滞りなく行われたと後に聞いた。

保守系・革新系でいろいろな政治的主張が異なる部分はあるにしろ、年に一度の慰霊の日に、怒号や指笛が飛び交うような主張を行うのは好ましくない。願わくば、来年以降も今年のように、静かに祈りを捧げられる環境を保ち続けてほしいとつくづく思う。

魂魄の塔(こんぱくのとう)、米須霊域(こめすれいいき)の地図

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