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「学者の国会」を牛耳る日共科学技術部③地学団体研究会と青年法律家協会【資料・赤い巨塔(1970年) 】

資料データ
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地学団体研究会と青年法律家協会

日本科学者会議は、いわば総合的な学者、研究者の集まりである。ほかに専門別の学者や研究者の集団(学会等)があって、その集団を基盤にして、二重三重に学術会議への働きかけが行なわれている。それらのなかでも特異なのが、地学団体研究会(地団研)と、青年法律家協会(青法協)である。

地団研の歴史は古い。昭和二十三年五月「戦後学会の民主化、若手学者による団体研究とその正しい普及、研究条件の獲得」をスローガンとして結成され、一時は民科の運動に指導的影響力を持っていたこともある。現在の会員は約二千四百名。専門別科学者、研究者のグループではもちろん最大で、しかも「他学会に較べてはるかに民主的」な団体といわれている。その特色とするところは、二十代、三十代の若手教師や学生が活動の中心となっていることで、四十才以上の会員は役員になれないという会則まで持っていること、いわば学会のヤング・パワーである。

それだけに会員構成も幅広い。大学や研究所の研究者や学生だけでなく、小、中、高校の教師も多勢加入し、特に各地域の教師層は、郷土の自然のなかで児童、生徒の「自然現象の発展と法則性に貫かれた実践的地学教育」を実践し、さらに、広く父兄や地域住民にまで影響を及ぼしている点、きわめて特異な団体なのである。

「科学的合理的思考方法は、自由と平和を求める世界観の確立につながる」

とは地団研の基本的姿勢なのだが、いわゆる「科学の階級制」と同じ思考法であろう。だから、地質学とは全く無縁の、次のような図式が生まれて来るのである。

その一。井尻正二教授(当時、東京経済大教授)は、地団研創立二十周年に際し、「(地団研の前進は)進歩的な政党や、団体の綱領や、戦略に学びながら、地団研独自の戦術を自分たちで考えて歩んできたためである」と語っている。

その二。会員ではないかと推定される水戸清一というひとが、共産党理論政治誌『前衛』に「いわゆる近代主義と対決するためにも弁証法的唯物論の学習を……怠ってはならない。テキストとしては定評のあるマルクス・レーニン主義の古典に加えて、日本共産党の諸決定を学び、当面の闘争の政治上、経済上、イデオロギー上の環を身につける必要がある。」と書いている。〔注1〕

右の二つを、共産党のフロントのなかで最も著名な民青(民主青年同盟)の「よびかけ」と較べて見ると、その相似性におどろかされるのである。民青の「よびかけ」には、こうある。

「マルクス・レーニン主義を指針とする労働者階級の前衛・日本共産党のみちびきを受け、その綱領を学び、ともにたたかう。」

地団研とは右のような性格の団体である。

その地団研が日本学術会議の(地学関係)研究連絡委員会の「民主的な討論」を経て立案し、学術会議の名で政府に勧告したものに「固体地球科学研究所」(四〇・一二・第四四回総会決議)と「古生物学研究所」(四一・一一・第四七回総会決議)の設置がある〔注2〕。研究所の学問的価値、設置の急がれるものか否かを別としても、その管理運営についての希望が、大学の学生会館なみである。

「(研究所は)所内から民主的にえらばれた委員と、外部からえらばれた同数の委員からなる評議会によって管理・運営される」

という。これでは政府も、おいそれとその「勧告」をのむわけにはいかないではないか〔注3〕。

青年法律家協会(青法協)は、右の地団研のような研究者の団体であるよりも実務家が主流をなしている関係もあって、直接学術会議とのかかわりは薄い。ただ、青法協の学者会員が学術会議の有力メンバーとなっており、大きな影響力を持っていることが注目されるのである。

青法協の発足は昭和二十九年四月二十四日。その発会宣言は、

「民主主義、これこそ平和をまもるとりでであります。民主的諸制度の否定するところに自由もなければ人権もなく、自由と人権のないところに戦争の暗いかげがさしこむことを私達は身を以て体験しました。戦争から敗戦の過程をへて、私達は漸く平和と民主主義の原則を獲得しました。日本国憲法はこのようにして制定されたものと考えます。……私達は同じ時代に育った人間としてすべての政治的立場を離れて、なお共通の考えと立場を持つことが多く、また法律家としては、その職能を通して憲法を擁護する権利と義務と責任を持っております。青年法律家協会はこのような趣旨で全国の若い法律家が集って、平和と民主主義と法を守る会であります」

という、一般法曹人も参加しやすい普遍的な趣旨の宣言であった。

余談だが、ここに少し不思議なことがある。青法協設立は二十九年(一九五四年)であることは確実なのだが、その機関誌『青年法律家』のなかに「青法協設立当時の状況」として、次のようなことが述べられているのだ。

「戦後十年を経た一九五五年の衆議院選挙当時、憲法の改正を志す保守勢力と憲法の擁護を志す革新勢力との対決が極めて切迫しました。擁護勢力が衆院で三分の一以上の議席をしめないと改憲の現実的な危険が発生するかも知れなかったのです。憲法が明示する平和と民主主義の危機が多くの人々に痛感されたのです。このような情勢は、護憲勢力が組織的に結集され、憲法改悪阻止運動を一層強化する必要を明らかにしました。自由人権協会に集っていた若い学者や弁護士の間に話し合いがはじまり、平和・民主主義、憲法擁護を目的とする実践的な青年法律家の結成が二百余名の学者、弁護士の賛同を得て成功しました。こうして青年法律家協会は誕生したのです。」

後者を読むと、一九五五年の総選挙で自民党の議席が三分の二近くを占め、社・共を中心とする左翼政党の議席が、三分の一を割るのではないかと思われるほど不振であったので、青年法律家の内で、社、共の側に立って護憲を志す人々の結集が図られ、そうして青法協が結成されたことになる。いわゆる護憲の感覚については「憲法を擁護するという人はあっても、憲法を愛するという人はいない」〔注4〕きわめて政治色の強いものであるが、設立の年、つまり誕生日を作為的に政治の状況に結びつける強引さは、この種の団体によく見られる傾向である。

青法協の存在が脚光を浴びたのは、昭和三十四年三月三十日のいわゆる「伊達判決」で、これは周知のように東京地裁刑事第十三部の伊達秋雄裁判長が砂川事件について「日本に駐留する米国の軍隊は憲法上その存在を許されないものであって、かつ憲法第三十一条は、何人も適正な手続によらねば刑罰を科せられない、としてあるから刑事特別法第二条はこれに違反し無効であり、故に被告人等は無罪である」とするものであった。伊達裁判官は退官し現在、法政大学法学部教授。青法協の重要メンバーである。

さらに青法協が注目されたのは、四十四年八月二十二日の札幌地裁第一民事部・福島重雄裁判長による北海道夕張郡長沼町の防衛庁ナイキ基地設置に伴う「保安林介助処分執行停止申立て」に対する決定である。それによると「自衛のために必要かつ相当な限度内にとどまるものであれば、いかなる軍事力も憲法第九条第二項にいう”戦力”にあたらないとすることには疑問があり、……自衛隊の存在自体が、右憲法の条項に違反するとすれば、当然に、その防衛施設設置のための本件保安林解除処分は森林法第二六条第二項にいう”公益上の理由”にあたるとはいえない」という趣旨である。

これは明らかに純粋な行政事件を強引に憲法裁判に持ち込んだもので、その感覚はやや奇異だとしても、これが護憲を売り物の青法協裁判官の感覚というものであろう。福島裁判長のごとき青法協の裁判官会員については、なお今後にまつ問題が多い。〔注5〕

ところで、問題は、青法協の学者会員である。結成当時の常任アクティブのなかには渡辺洋三(東大)、潮見俊隆(東大)、小林直樹(東大)、星野安三郎(学芸大)、吉川経夫(法政)、青木宗也(法政)、和田英夫(明大)、伊藤道保、唄孝一氏等の左翼学者がいた。小林教授などは「護憲」どころか「日本国憲法は社会主義憲法ではない」従って「現行憲法の制度的内容は大幅な改正を要する」と主張する社会主義的改定論者である〔注6〕。現在、青法協学者会員は約百四十名、若干の例外を除いて共産党員、もしくはその同調者か、左翼法学者であるといっていい。前述の学者のほか、青山道夫(東経大)、稲子恒夫(名大)、井ヶ田良治(同志社大)、江藤价泰(都立大)、小川政亮(社会事業大)、川口是(京大)、菊井礼次(岡山大)、黒木三郎(愛知大)、桜木澄和(中大)、清水睦(中大)、島田信義(早大)、角田豊(同志社大)、関誠一(茨城大)、利谷信義(都立大)、長谷川正安(名大)、松岡正美(立命大)、光藤景皎(甲南大)、室井力(名大)、山手治之(立命大)氏等は有力な青法協会員であると共に、学術会議第二部にも強い影響力を持つ。青山、小川、長谷川、潮見、渡辺教授らは学術会議第八期会員で、学者会員の役割の一つは、法律実務家が、学会の諸活動に積極的に参加し、学術会議選挙を行なうよう青法協会員に呼びかけることにあるといわれる。「学術会議に左翼偏向なし」とか「共産党の支配なし」と考えたり主張したりするのは、むしろ不自然というべきであろう。

 

〔注1〕水戸「日本の地質学研究の現状と課題」(『前衛』四四・一一)
〔注2〕地団研は固体地球科学研究所、古生物学研究所のほか「第四紀研究所」「構造地質学研究所」「粘土科学研究所」など共同利用研究所の設置を働きかけている
〔注3〕自主、民主、公開の研究を行なうため、昭和三十七年の学術会議第三十六回総会で決議した「科学研究基本法」の制定を強く希望している
〔注4〕岡本雷輔「憲法への招待」
〔注5〕平賀書簡問題、飯守発言問題等、青法協による攻勢がつづいているが、四十五年四月十八日、法務省は「左翼青年法曹の集まりである青法協に所属している福島裁判長が、本訴訟のように国政を左右する重大な裁判に関与することは適当でない」と、札幌地裁に裁判長忌避を申立てた。国の利益に直接つながる民事、行政訴訟で法務省が裁判官忌避を申立てたのは、わが国裁判史上初めてのことである。また、五月三日の憲法記念日に石田和外最高裁長官が語ったように「共産主義者の裁判官は道義上好ましくない」のであって、とかく噂のある団体に裁判官が加入していることは裁判の「公正をさまたげる」おそれなしとしない。
〔注6〕小林『現代の目』三七・六

(「学者の国会」日本学術会議の内幕 時事問題研究所編,1970年より)

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